東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)174号 判決 1978年9月28日
原告 日本ヒーター株式会社
被告 東京都建築主事 訴訟承継人東京都港区建築主事
主文
一 本件訴を却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 訴訟承継前の被告である東京都建築主事が、東海観光株式会社、藤苑企業株式会社、株式会社寿商会の共同申請にかかる建築確認申請に対し、昭和四五年七月九日付第二一七三号により行なつた確認処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
(本案前の答弁)
主文と同旨
(本案の答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の請求原因
一 訴外東海観光株式会社、同藤苑企業株式会社、同株式会社寿商会の三社は、昭和四五年五月二八日、訴訟承継前の被告である東京都建築主事に対し、東京都港区高輪二丁目六二番一等の敷地(以下「本件敷地」という。)上に建築すべき六階建共同住宅(以下「本件建物」という。)について、建築基準法に基づく建築確認を共同で申請し、同建築主事は、昭和四五年七月九日付第二一七三号により、これに対する確認(以下「本件確認」という。)を行なつた。
二 本件敷地は、当時、住居地域内にあつて、その北側において幅員約四メートルの道路(別紙第一図の赤斜線部分)に接しているから、本件建物の高さは、建築基準法(昭和四五年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「法」という)五八条一項一号、二項の道路斜線の制限をうけることになる(なお、本件敷地の南側には、その前面道路となるような道路は存しない。)。
しかるに、本件建物は、別紙第二図に示すごとく右の道路斜線制限(同図において赤の線で示すもの。)を大巾に超えるものであつて、法に適合しないことは極めて明白であり、本件建物についてなされた本件確認は違法である。
三 原告は、別紙第一図に示すごとく、本件敷地の北側に、前記の幅員約四メートルの道路を隔てて、別紙物件目録記載の土地及び建物を所有しているが、これらの土地及び建物は、本件確認にかかる本件建物の完工により、年間を通じほとんど一日中日照を妨げられ、また通風も著しく阻害されるに至つたのみならず、右のような狭い道路を隔てて多数の居住者を収容する巨大な本件建物と対面することとなり、緊急時における避難や防火等においても支障を生ずるおそれが生じている。
四 原告は、本件確認につき、昭和四五年七月二八日東京都建築審査会に対し審査請求をしたが、同審査会は、昭和四七年四月七日これを棄却する旨の裁決をした。
五 ところで、本件建物に関する建築確認についての権限は、昭和四九年六月一〇日公布にかかる地方自治法施行令の一部を改正する政令(昭和四九年政令第二〇三号)附則七条による建築基準法施行令一四九条の改正により、昭和五〇年四月一日東京都建築主事から被告東京都港区建築主事に承継された。
六 よつて原告は、被告に対し、訴訟承継前の被告である東京都建築主事の行なつた本件確認の取消を求める。
第三被告の本案前の主張
一 原告は、本件確認の名宛人ではない第三者であり、次に述べるとおり、本件確認の取消を求める原告適格を有しないというべきである。
1 建築主事の建築確認という処分は、建築主の申請にかかる建築物の計画が、「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基く命令及び条例の規定に適合するものであること」(法六条一項)を、なんらの裁量を加えず判断する行政行為である。すなわち、それは行政庁による、一定の客観的事実の認識の表示たる準法律行為的行政行為であつて、これによつて第三者の権利義務に直接具体的な法律上の効果を及ぼすことはありえないから、第三者は確認処分に関する抗告訴訟の原告適格を有しない。そして第三者が確認にかかる建築物の出現により、現実に権利利益を侵害されるというのであれば、それは第三者が建築主(所有者)を相手取つて民事訴訟を提起することにより救済されるべきものである。
また、建築基準法はいわゆる取締法規に属し、その目的とするところは社会一般の利益の保護、すなわち公共の福祉の増進にあり、個々の国民の利益保護を直接には目的としていない。したがつて第三者が建築確認等の建築基準法上の処分によりその権利利益を侵害される場合があつても、そのような利益は、いわゆる反射的利益にすぎず、法律上の利益とはいえないのである。
したがつていずれにしても、本件訴は原告適格を欠き不適法ということになる。
2 仮に、建築確認の名宛人以外の第三者に、その取消を求める訴の原告適格を認めうる場合があるとしても、それは、当該確認にかかる建築物が実際に建築された場合に、右建築物によつて、日常の保健衛生上不断の悪影響を受け、特に火災等の危険にさらされるおそれのある第三者にかぎつて認められるべきである。
しかるに、本件建物付近の状況をみると、付近一帯は幅広い道路が四通している地域であり、鉄筋コンクリート造等の不燃建築物が多く、本件建物もまた鉄筋コンクリート造であり、原告所有の建物は木造であるが、その南側には幅員四メートル、また東側にも幅員四ないし五メートルの道路をめぐらせ、本件建物との間隔は約四・五メートル(一部分五メートル)あいており、火災発生のおそれが少ないのみでなく、万一火災発生の場合においても、延焼の可能性が小さく、かつ原告らの避難上別段の支障はない。そして少なくとも、本件建物の出現によつて、原告らがにわかに火災等の危険にさらされるに至つたという事実は全くない。
次に原告の日照、通風に関する被害についてみるに、本件敷地付近は住居専用地区ではあるが第三種高度地区に指定されており、都市計画上、中高層住宅のための地域として予定されているのである。したがつて本件地域における日照等の保護は、郊外の低層住宅地と比較し、地域の性格上薄いのが当然であり、本件地域に居住する者が他の建築物による日照等の妨害を受忍すべき限度は、郊外の住宅地の場合と比較して、はるかに高いものといわなければならない。
のみならず、原告所有の建物は、一階が従前から倉庫として使用されており、その南側には窓その他の開口部がもともと一切ないものであり、また二階は社員寮として使用され、数名の者が宿泊しているが、家族生活を営む者はなく、日中は出勤していて不在であるから、いずれにしても右建物について、日照を強く保護すべき必要はない。
したがつて、以上の点を総合すれば、原告が、本件建物によつて、日常の保健衛生上不断の悪影響を受けるとまではいえないから、結局原告は本件確認の取消を求める訴についての原告適格を有しないというべきである。
二 原告の本件訴は、次に述べるとおり訴の利益を欠き、不適法である。
すなわち、原告の本件訴の目的は、究極において、本件確認にかかる本件建物の建築によつて生ずる自己所有の土地家屋に対する被害を消滅ないし軽減せしめることにあると解されるところ、本件建物が完成する以前においては、本件確認の取消により、本件建物は建築することができなくなるから、その限りにおいて、原告の本件訴は、その本来の目的達成にとつて一応有効な手段ということができる。
しかしながら、本件建物の完成後は、原告の前記目的達成のために、本件確認の取消を求める本訴はもはや有効適切な手段とはいえない。なぜなら、仮に原告が本訴に勝訴したとしても、そのことは、本件建物を除却または改築せしめるという目的には全く役に立たないからである。その理由は次のとおりである。
すなわち、原告の主張するように、本件建物の計画が建築基準法令に適合していないものとすれば、右計画が建築主事により誤つて確認されたとしても、そのことによつて右計画が適法なものとなるわけではないから、右確認を受けた計画に従つて建築された建築物は、いわゆる違反建築物となり、特定行政庁は、本件確認にかかる建物の所有者に対して、法九条に基づき、必要な是正の措置を命じ、その不履行に対しては、行政代執行の手段により、強制的に命令内容を実現することができるのである。そしてこのことは、本件確認が取消されていようといまいと関係なく、つねに可能なのである。
そしてまた、特定行政庁が、法九条の是正措置を命ずるか否か、あるいはこれを命ずるとしてもその内容等の選択は、その合理的な裁量に委ねられているのであり、特定行政庁には違反建築物について右の措置を命ずべき法律上の義務はないと解されている。したがつて、以上によれば、特定行政庁は、確認を得た建築物であつても、これを取消すことなく、確認の存否と無関係に違反建築物について是正措置を命ずることができるのであり、逆に、判決により確認が取消され、違反建築物であることが明らかになつたとしても、右判決に拘束され是正措置をとることを法律上義務づけられるわけではないということになり、結局のところ特定行政庁の行なう是正措置は、確認の取消の有無となんら関係しないのである。
してみれば、行政庁の是正措置が期待できることを理由としては、本件確認の取消を求める訴の利益を肯定することができないというべきである。
また、原告が本件建物の所有者等に対して妨害排除や損害賠償を請求することはもとより可能であつて、その場合に本件確認を取消さないと本件建物についての違法を主張できないことはなく、右請求は本件確認と無関係に行なうことができるのであるから、この点においても本訴における訴の利益は否定されるべきである。
以上要するに、本件確認の取消を求める原告の訴は、原告の本来の目的にとつて有効適切な手段とはいえず、結局訴の利益を欠く不適法なものといわざるをえない。
第四被告の本案前の主張に対する原告の反論
一 被告は、原告には本件確認の取消を求める訴の原告適格がないと主張するが、右主張は以下のとおり失当である。
1 法は、その目的として、「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資すること」(一条)を掲げているが、ここにおいて生命、健康等を保護される者は、建築主のみに限られているわけではなく、建築物の近隣に居住する者も当然保護の対象となつていることは疑問の余地がない。法の諸種の規定が、防火のため一定の構造を要求し、避難、通行の安全のため道路と建築物敷地との間に一定の関係を要するものとし、さらには各種の地域地区を定めて地域の事情に応じた制限を課しているのは、すべてみな建築主のみならず近隣居住者の健康、財産をも法の保護の下に置いたものということができる。
したがつて、建築物の近隣居住者が法によつて享受する利益は、単なる反射的利益にとどまるものではなく、まさに法がその保護を目的とするところの、法律上の利益にほかならない。そして、法が公共の福祉の増進を目的とするものであるとはいつても、その「公共の福祉」は、法を遵守することにより建築物周辺の人々の健康や財産が充分に保護されることを通じて実現される性質のものであつて、被告のいうが如き抽象的な「公共の福祉」ではないのである。
そうだとすれば、建築確認の直接の相手方ではなくとも、法に違反する確認によつて不利益を被る近隣居住者が、その取消を求める訴訟の原告適格を有することは、自明のことといわなければならない。
2 被告は、本件建物の建築により原告が火災等の危険にさらされるに至つたという事実はないと主張する。
しかし、法が建築物の敷地について一定の長さをもつて道路に接することを要求する(四三条)のは、いうまでもなく避難、消火、交通等の安全のためであるが、巨大な規模の本件建物は、明らかに法の要求する安全性を無視した危険な存在となつているのである。本件建物の多数の居住者は、火災や地震などの緊急事態が発生した場合には争つてその北側道路に殺到することは容易に予測されるところであり、右道路をはさんで本件敷地に対面している原告にとつて、本件建物の建築により危険が増大したことは明らかである。
また、被告は、本件敷地が第三種高度地区に指定されていることや原告所有の建物の利用形態を理由に、原告の被る日照等の被害は受忍義務の限度内であると主張する。
しかし、第三種高度地区内に居住する者といえども、違法な建築物による日照妨害まで受忍を強要されるいわれはないし、また、原告所有の土地建物については、本件建物が存在しなければ、現在よりもはるかに有効適切な利用方法が考えられるのであり、この点からも原告が本訴の原告適格を有することは当然である。
二 被告は、本件確認の取消の有無にかかわらず特定行政庁が必要な是正措置を講じうることを理由に、原告には訴の利益がないと主張する。
しかし、被告は当初から一貫して本件確認の違法性を否定しているのであるから、現状のままでは、特定行政庁が本件建物について適切な是正措置を命ずることは、まつたく期待できない。そして、本訴による司法審査の結果、本件確認の違法性が明らかになり、本件建物が高度制限に違反しているとされるならば、責任ある行政として法九条によりなんらかの有効な措置がとられることは、当然期待できるのであつて、原告が本訴についての訴の利益を有することは、多く論ずるまでもない。
なお、被告は、特定行政庁による是正措置を命ずるか否かはその裁量に委ねられていると主張するが、その裁量は、正確な事実認識と正しい法解釈とを前提とし、正義と公平にかなつたものでなければならないはずであり、被告が本件確認の適法性を主張して譲らない本件においては、原告としては本訴によつてその違法性を明らかにしない限り、正しい裁量権の行使を期待しえないのである。
第五請求原因に対する被告の認否
一 原告の請求原因一の事実は認める。
二 同二のうち、本件敷地が当時住居地域に属し、その北側において幅員約四メートルの道路に接していることは認めるが、その余は争う。なお、本件敷地は、後記のとおりその南側において幅員約一五メートルの道路と接しており、原告主張の高度制限が緩和されている。
三 同三のうち、原告がその主張するような土地及び建物を所有していることは認めるが、その余の事実は知らない。
四 同四、同五の事実は認める。
第六本案についての被告の主張
一 本件建物は、次に述べるとおり、建築物の高さの制限を超えるものではなく、したがつて本件確認は適法である。
1 法五八条三項によれば、建築物の敷地が二以上の道路に接する場合等特別の場合には、同条一項、二項の規定による建築物の高さの制限(いわゆる道路斜線制限)が緩和されるのであつて、その緩和措置の内容は、建築基準法施行令(以下「施行令」という。)一三二条に定めるとおりである。すなわち、施行令一三二条一項は、「建築物の前面道路が二以上ある場合においては、幅員の最大な前面道路の境界線からの水平距離がその前面道路の幅員の二倍以内で、かつ、三五メートル以内の区域及びその他の前面道路の中心線からの水平距離が一〇メートルをこえる区域については、すべての前面道路が幅員の最大な前面道路と同じ幅員を有するものとみなす」と規定している。
2 これを本件建物についてみると、本件敷地の北側には幅員約四メートルの道路があり(別紙第三図<イ>)、東北側に幅員約四メートルないし五メートルの道路がある(同図<ロ>)ほか、南側に幅員一五・四五四メートルの道路(特別区道)がある(同図<ハ>)。すなわち、本件建物の前面道路は三方にあり、そのうちで、幅員が最大な前面道路は、南側の幅員一五・四五四メートル(ただし、以下便宜上「一五メートル」として扱うものとする。)の道路(以下「本件南側道路」という。)である。
ところで、施行令一三二条一項によれば、本件建物のうち、幅員が最大である本件南側道路の境界線(別紙第三図<ニ>、別紙第四図<a>)からの水平距離が本件南側道路の幅員の二倍以内の区域、すなわち三〇メートル以内の区域(別紙第三図<ホ>の線より南側の区域)については、すべての前面道路が本件南側道路と同じ幅員、すなわち一五メートルの幅員を有するものとみなされるのであるから、北側前面道路の大部分及び東北側前面道路の一部が本件南側道路の幅員、すなわち一五メートルの幅員を有するとみなされることになる。
したがつて、この区域内においては、本件建物の各部分の高さは、その当該部分から、幅員が一五メートルとみなされた各前面道路の反対側の境界線(別紙第三図<ヘ>)までの水平距離の一・二五倍以下であればよいことになり、その高度制限は別紙第四図に赤の線(<b>―<d>、<c>―<e>)で示すとおりであつて、本件建物が右の制限に違反しているということはできない。
二 ところで法五八条三項、施行令一三二条に定めるいわゆる前面道路というためには、法四二条に定める要件を備えた道路であつて、それが当該敷地と二メートル以上接しているもの(法四三条一項)であることをもつて足り、それ以上の要件を必要としないものと解すべきであるところ、本件南側道路が本件敷地について一五メートルの幅員を有する前面道路となることについて、これを敷衍すれば次のとおりである。
1 本件南側道路は、もと東京都道(昭和一八年の東京都制施行前は東京市道)「芝二六九号線」であつたが、昭和二七年八月一五日法律第三〇六号による地方自治法改正に際し、主として当該特別区の区域内の交通の用に供する道路の設置及び管理に関する事務が特別区に引きつがれることになつたため、昭和二八年三月三一日都道としては廃止され、あらためて、同年四月一日港区道「特別区道三一四号」として路線認定、区域決定、供用開始の手続がとられ、その告示がなされたものである(昭和二八年四月一日港区告示第二九号。なお、本件南側道路と接続し泉岳寺山門前で南の方に延びている道路も従来東京都道(「芝二七〇号線」)であつたが、本件南側道路と同様に港区道(「特別区道三一七号」)となつた。)。
そして供用開始に至るまでの以上の手続の経緯によれば、本件南側道路は、旧都道時代と同じ部分をいい、本件敷地と接して東西方向にのびる道路であつて、別紙第一図の泉岳寺山門、付近の植込み、あるいは参道部分も、本件南側道路に含まれることになる。
なお、特別区道は、特別区において設置及び管理する道路であり、地方自治法(ただし本件確認当時施行されていたもの。)二八一条二項、二八三条二項により、右の道路には道路法またはこれに基づく政令のうち市道に関する規定が適用されるのであるから、これも道路法上の道路といえるのである。
したがつて、本件南側道路は、道路法上の道路に該当するのであつて、法四二条一項一号にいう道路にあたるものである。
2 もつとも本件南側道路上には、本件敷地と接する付近及びその西側にのびる部分に、前記のとおり泉岳寺山門や植込みなどが存し(別紙第一図参照)、部分的に道路としての機能が低下しているところがあるけれども、道路の現況が全幅員にわたつて道路としてのあるべき機能を具備していなくとも、法四二条の要件を満たす本件南側道路は、法の定める建築規制の適用上山門の敷地等の部分を含め全部を全面道路と解して妨げないというべきである。
このことは、法四二条二項のように法自身が実効幅員四メートルに満たない狭道を道路として取扱うことを認めている場合があることからも明らかであるし、また現に、文化財やその他の古い建築物については、法三条一項、二項により道路上の建築物であつても除却されることなく存在することが許され、その敷地をも含めて道路とみなされるなど、道路内に各種の工作物や植込み、芝生などが存在することはごく一般的であり、この場合には工作物の敷地や植込み等の部分を含めて道路敷と解されているのであつて、要するに、前面道路の存在やその幅員は、必ずしも道路の具体的な個々の現況に拘束されることなく、法律上道路として取扱われる観念上の道路とその幅員によつて決定されることになるからである。
3 本件南側道路の幅員は、本件敷地と接する部分において一五メートル(正確には一五・四五四メートル)であることは前記のとおりであるが、右の数字は、旧都道時代の道路台帳(なお、前記1の経緯により港区に移管された後の特別区道としての道路台帳は、現在作成中であり、完成したものは存しない。)添付の平面図に基づいて、道路管理者が現地を実測して得たものであり、本件南側道路は、右接合部分の前面において延長一〇メートルにわたり一五メートル以上の幅員を有するのであるから、他の部分に広狭がみられるとしても、施行令一三二条の適用にあたり右の数値に基づいたことになんら問題はない。
4 また、敷地が道路と二メートル以上接しているか否かといういわゆる接道義務(法四三条)についても、前記2と同様に、道路の個々具体的な現況に拘束されることなく判断されるべきである。
すなわち、敷地の接道義務は、道路上に既存不適格建築物(法三条二項、三項の適用を受ける建築物をいう。)等が存する場合には、その存在によつて妨害されている部分を除いた現実に人車が通過できる幅員によつてではなく、道路敷地と建築物の敷地の接する部分の幅員が二メートルを超えるか否かによつて判定されるのであつて、本件敷地についてこれをいえば、本件敷地は、別紙第三図のとおり本件南側道路の敷地と二・四メートル余接しているのであるから、仮にその部分において泉岳寺山門の一部がかかり、実効幅員が二メートルを欠いていたとしても、接道義務を尽していないとはいえないのである。
5 以上のように、前面道路の存在やその幅員あるいは敷地の接道義務について、道路の現況に即して個々具体的に判断すべきでないことは、建築主事の行なう建築確認の制度の建前からいつても明らかである。
すなわち、建築主事による建築確認の制度は、建築の自由の尊重と公平処理のため、建築主事という建築技術者に対し、申請にかかる建築計画が建築基準法令に適合しているか否かをなんら裁量を加えず客観的機械的に判断させる趣旨によるのであつて、道路の幅員等について具体的事情に基づいて判断すべきであると解することは、建築主事に裁量権を賦与する結果となり、法の建前と相容れないのである。
6 なお仮に本件南側道路のうち泉岳寺山門や植込み等を道路に該当しないと解するとしても、本件南側道路のうち山門の東側の区域はなお法にいう道路であり、本件敷地はこの山門の東側において本件南側道路敷地と二メートル以上接していることは否定できないから、結局、本件南側道路を本件敷地の前面道路として施行令一三二条を適用することはなんら違法といえない。
第七被告の本案についての主張に対する原告の反論
一 法五八条三項とこれに基づく施行令一三二条一項は、法五八条一項、二項の規定する道路斜線制限を狭い道路について緩和する例外規定である。そして例外規定の解釈にあたつては、その立法趣旨を考慮に入れ、慎重にこれに臨むべきことは、法規解釈上の通念というべきものである。
しかるところ、前記法条による斜線制限の緩和の趣旨は、主として角地の建築物を念頭において定められたものであることが明らかである。すなわち角地においては、広い方の前面道路が日照、採光、通風等の点でも、避難、消防活動等の点でも、道路として充分の現実的機能を果しているので、狭い方の道路による斜線制限を一定の限度で緩和するのである。したがつてこの立法趣旨に照らせば、緩和措置の適用を受けるためには、建築物の敷地のかなりの部分が広い道路に接していることを要し、単に二メートル接していれば足りるというわけのものでないことは明らかである。もとより、緩和の可否については、デリケートな判断を要する場合もありうるかも知れないが、少くとも本件敷地は本件南側道路との関係においては角地というに程遠いのみならず接する部分もごくわずかであつて、北側道路による斜線制限を緩和するのは、立法趣旨から離れること甚しく、その適用が許されるはずはない。観点を変えて言えば、わずか二メートル余の空間によつて広い道路に通じているような本件敷地に、本件建築物の如き巨大なものが存在を許されるはずはない。
二 本件敷地の南側には、被告主張のような幅員一五メートルの前面道路は存しない。したがつて本件南側道路の存在を根拠に施行令一三二条一項を適用するのは誤りである。
1 法にいう道路とは、法四二条一項各号の要件を満たす道路で、かつその幅員が四メートル以上のものをいうが、右幅員は、法自身が明文で適用の例外を定めたもの(たとえば法四二条二項)を除き、道路の現況を中心に考察し、道路本来の機能を発揮し、または発揮しうる部分の実測値をいうものと解すべきである。しかるに、本件南側道路は、本件敷地と接する部分において、以下のいずれの点からも幅員一五メートルの道路とはいえない。
(一) 被告は、本件南側道路が特別区道(港区道)であるとし、特別区道も地方自治法二八一条二項、二八三条二項により道路法上の道路にあたると主張するが、地方自治法の右規定は、いずれも特別区の事務処理に関する規定であつて、特別区道なる新たな種類の道路を創設するものではない。
(二) 本件南側道路が、事務的には被告主張の経緯により供用開始の告示に至つたことは認めるが、しかしその間踏まれた手続は、到底道路法上の要件を満たすものではない。なぜなら、仮に、旧都道時代に本件南側道路である芝二六九号線が、泉岳寺参道部分を山門、植込み等を含んだまま都道としていたとしても、これが特別区道に移管されるに際して、道路法令に定める路線認定から供用開始に至る周到な手続(道路法七条ないし九条、同法施行規則一条ないし三条)が遵守されたならば、泉岳寺参道のごとき区域が道路とされるとは常識上考えられないからである。
(三) しかも本件南側道路は、道路として供用されているものとはいえない。
すなわち、「供用」という概念は、字義からしても道路法令等の解釈からも、現実に通行の用に供することを意味するのであるが、別紙第一図に示す本件南側道路の泉岳寺山門敷地や植込み等の部分が、右の意味における供用の実態を備えていないことは極めて明らかである。要するに、被告主張の本件南側道路は、道路の形状を有しないのであつて、このような形態のものを法の適用上道路として取扱うのは誤りである。
(四) 仮に本件南側道路を法にいう道路に該当するものと解するとしても、以上によれば、その幅員は、参道部分では参道の幅員八・五六メートルであり、また泉岳寺山門敷地部分ではわずかに人が通行できる山門中央部分の二・五メートル程度ということになり、結局本件敷地が幅員一五メートルの本件南側道路に接しているとは認められないことに変わりはない。
2(一) また本件敷地は本件南側道路と二メートル以上接しているということもできない。
すなわち、別紙第一図に示すように、本件敷地が南側に突出している部分の境界の南側(被告主張の本件南側道路)部分は、泉岳寺山門の建築敷地と称すべきものであつて道路とは認められないのみならず、本件敷地の接する部分のうち人が通行できるのは一・九メートルにすぎず、しかもその南側前方には全面にわたつて山門が存在し、南側からの消防活動には重大な支障があるのであつて、以上の点を総合すれば、本件敷地がその南側において接道義務を尽しているといえないことは明らかである。
(三) のみならず、法四三条二項に基づく東京都建築安全条例(ただし本件確認当時施行されていたもの。)四条によれば、延べ面積が一、〇〇〇平方メートルを超える建築物の敷地は、道路に長さ六メートル以上接しなければならないとされているところ、本件建物は右規定に該当するものであるから、六メートル以上接している道路のみが斜線制限緩和の理由となりうるのである。そうであるならば、本件南側道路の存在を前提としても、本件敷地がこれと六メートル以上接していないことは明らかであり、本件南側道路の存在を理由として施行令一三二条一項を適用することは誤りというべきである。
3 被告は、建築主事には裁量権がないから、道路の現況に基づきその幅員を判断すべきでないと主張する(被告の主張二5)。
しかし道路の幅員を現況に照らして実測することは、事実認定の問題であつて、なんら裁量の要素を含まない。しかも、本件の場合は、道路台帳平面図そのものにも、泉岳寺山門が明瞭に記入されており、建築主事が道路台帳のみによつて機械的な処理を行なつていても、本件南側道路が前面道路としての機能を有しないことは発見できるはずである。
4 なお被告は、道路の現況に即しても、本件敷地は本件南側道路の泉岳寺山門の東側の区域(幅員一五メートル)でこれと接していると主張する(被告の主張二6)。
しかし、本件敷地は、山門敷地と境を接してはいても、その東側道路と接しているとは到底いえないのみならず、山門東側の道路も幅員一五メートルをはるかに下まわつている。もつとも、右道路は、山門の前で直角の曲り角となつており、いわゆる角切りがあるためその部分が若干広くなつているが、曲つた道路の幅員を角切り部分で測定することは許されないのであり、右部分の幅員は八ないし八・三メートル程度にすぎない。さらに、本件敷地が二メートル以上の接道義務を尽していないことは前記2のとおりであつて、結局のところ被告の主張は失当である。
三 以上のように解すべきことは、また道路斜線制限の趣旨目的からも明らかといえる。
すなわち、道路斜線制限の主たる目的は、
(イ) 道路に空地としての意味を認め、通風、採光、日照等の住環境の最低限の水準を維持すること、
(ロ) 地震、災害等の時に、居住者及び沿道住民の避難を容易にし、同時に火災の延焼の防止、消防活動の便宜などのための空間を確保すること、
の二点にあると解され、そうであるならば、法が道路について期待し要求しているのは、その現実的な機能と効用であるということになる。したがつて右目的からすれば、道路斜線制限を受ける敷地の前面道路は、単に観念的に法律上存在するだけでは足りず、現に道路としての機能を有する部分に限られるはずであり、その幅員も現況によつて具体的に判断されなければならないことは当然である。
第八原告の反論に対する被告の再反論
一 原告は、道路斜線制限の緩和を規定した施行令一三二条一項は角地を念頭に置いたものであり、右規定の適用を受けるには、その立法趣旨に照らし、単に敷地が道路に二メートル接していれば足りるというものではないと主張する。
しかし、斜線制限を緩和する右規定の趣旨は、角地の場合など建築物に前面道路が二以上ある場合、その建築物は二以上の前面道路の斜線制限を受けることになるが、それでは、それらの前面道路のうち幅員の広い前面道路にのみ面する建築物に比し厳しい斜線制限を課せられることとなり、いかにも不公平な結果となり、また、都市における開放された空間の確保という道路斜線制限の後記の趣旨からみて広い前面道路の斜線制限の結果確保された空間の影響は、その広い前面道路付近の一定範囲の区域まで及んでいるとみることができるので、その区域内では狭い道路による斜線制限を重ねて課する必要はないことに基づくのである。
したがつて、道路斜線制限の緩和措置の趣旨が、右のように、都市における開放された空間の確保と矛盾しない限度において、建築主に対し斜線制限の負担を緩和することにあるとすれば、右趣旨を実現するためには、原告の主張するように、あえて法四三条一項の明文に反してまで、緩和措置の適用を受けるためには敷地が単に二メートル接していれば足りるというわけではないと解する必要はないのである。
二 原告は、本件敷地は本件南側道路と東京都建築安全条例四条所定の接道義務を尽していないと主張する。
しかし、法四三条一項が「敷地は道路に二メートル以上接しなければならない」と定めたのは、敷地が二以上の道路に接する場合、そのすべての道路に二メートル以上接することを要求したものと解すべきではなく、一か所でも道路に二メートル以上接すればよいとする趣旨であつて、このことは、六メートルの接道を要求した東京都建築安全条例四条の解釈にもまつたく妥当するのである。そして、本件敷地の場合、その北側道路に約五五メートルの長さにわたり接道しているのであるから、右条例の規定に適合しているといえるのである。
三 また、原告は、道路斜線制限の主たる趣旨目的に照らしても、道路の幅員等は現況に即して判断すべきであると主張する(原告の反論三)。
しかし、道路斜線制限の趣旨は、建築物の敷地の前面道路の上空を、地上から一定角度で解放し、右道路の日照、採光を確保しようとするものであるから、原告の反論三にあるうち、(イ)の目的は妥当であるとしても、(ロ)の目的は道路斜線制限の主たる狙いとはいえない。したがつて右の(ロ)のような条件については、ある建物の前面道路が複数ある場合には、そのいずれかの道路で充たされればよいのであり、すべての道路について、同じ程度に避難の容易さ、消防活動の便宜のための空間が確保されなければならないというわけではないのである。したがつて、建築物の前面道路に建築物や工作物等が存在し、そのために実効幅員が認定幅員より狭くなつていたとしても、斜線制限の目的は達しうるのであつて、斜線制限の趣旨から道路の幅員等について現況に即して判断すべきであるという原告主張のような結論は出てこないというべきである。
第九証拠<省略>
理由
一 本件訴の適否について判断する。
被告は確認にかかる建築物が既に完成した後においては、もはや付近住民たる原告にはその確認の取消しを求める訴の利益がない旨主張するので、まずこの点について検討することとする。
1 法によれば、建築主は一定の建築物を建築しようとする場合には、当該工事に着手する前にあらかじめ建築主事に建築物の計画の確認を申請し、その確認を受けなければならず(六条一項)、確認を受けないで建築物の建築等の工事をすることはできないとされ(六条五項)、建築主事が右確認をするにあたつては申請にかかる建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下、「関係法令」という。)に適合するかどうかを審査することとされている(六条三項)。そして、建築主が建築物を完成させた場合には、建築主事に対し工事完了届を提出しなければならず(七条一項)、建築主事は完成した当該建築物について検査を行ない、それが関係法令に適合しているときには、検査済証を交付し(七条二項、三項)、建築主は右検査済証の交付を受けた後でなければ、原則として当該建築物を使用したり、使用させたりすることができないこととされている(七条四項)。また、建築物が法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反している場合には、特定行政庁において建築主等に対し当該工事の施行の停止あるいは当該建築物の除却、移転等必要な措置をとるべきことを命ずることができるとされている(九条一項、以下、「是正命令」という。)。
2 ところで、法が建築のための手続としてかかる確認を受けるべきことを要求する趣旨は、建築物の計画が関係法令に適合しているか否かについて事前に審査することによつて、違反建築物の出現を未然に措止し、法の実効性を手続的に確保しようとするものと解されるが、法はさらに右の事前審査に加えて、建築工事完了後にいわゆる完了検査(七条二項)を受けるべきことを要求し、完成後の建築物について事後的にその関係法令適合性の有無を検査することとして、法の実効性を二重の手続によつて確保することとしているのである。また、法は、これらの手続規制とは別に違法建築物を排除するための手段として特定行政庁による是正命令等の措置を認めているのである。
このように、確認、完了検査(検査済証交付)、是正命令はいずれも建築物についての最低基準に関する実体規定の実効性を確保するためのものであるが、その中で、建築主事による確認は、申請にかかる建築物の計画が関係法令に適合する旨の判断を示すものであると同時に申請にかかる建築物について適法に建築工事をなし得るという効果を伴うものとして理解することができる。
そして、このような確認の性質、目的及び関連制度の趣旨に照らすと、建築主事による建築物の計画の確認は、建築工事をするための事前手続であつて、確認がなされれば、適法に建築をなしうることとなることはいうまでもないが、確認がなされたからといつて、当該確認にかかる計画に従つて建てられた建築物が実体的にも関係法令に適合することまで確認すべき性質のものではないと解される。
すなわち、法七条所定の完了検査、検査済証交付の手続も既に見たとおり建築物の最低基準に関する実体規定の実効を図るためのものといえるが、その性質上確認を受けた建築物であつても、それが関係法令に違反したものであれば、建築主事は検査済証を交付することはできないと解すべきであり、このことは同条が検査及び検査済証の交付にあたつて当該建築物が確認どおり建てられたかどうかでなく、それが関係法令に適合しているかどうかを判断すべきことと定めている点からいつても明らかというべきである。また、たとえ確認を得ないで建築した建築物であつても、それが建築物として完成した以上完了検査を受けることができるのであつて、検査の結果、当該建築物が実体的に関係法令に適合している場合には、建築主事は検査済証を交付せざるをえないものと解すべきである。けだし、このように解しないと、実体的には関係法令に適合している建築物であるにも拘らず、単に関係法令適合性を実質的に確保するための手続規定である確認手続を懈怠したというだけで、その使用が許されないこととなつて不合理であるばかりか、確認制度の趣旨にも合致しないからである。
また、是正命令は違法建築物についてその違法状態を排除、是正することを目的とするものであるから、たとえ確認にかかる計画に従つて建てられた建築物であつても、その実体が法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反している場合には、特定行政庁はその違反状態を排除するため法九条一項に基づき是正命令を発することができるものと解される。要するに、特定行政庁による是正命令は、当該建築物の実体が違法である限り、確認の有無にかかわりなく、これを発することができるのである。これに対し、確認を得ない建築物であつても、既に完成した建築物の実体が法規に適合しているときは、特定行政庁としては、無確認であるという理由のみに基づいて除却等の是正命令を発することはできないと解すべきである。なるほど、確認を得ないで建築された建築物も法六条一項の規定に違反している点で違法建築物というべきであるから、それが工事中である限りは、法九条一項により工事施行の停止を命ずることはできるが、工事が完了し、既に建築物として完成した以上は、単に無確認であるという理由だけで、実体的に法規に適合している建築物の除却等まで命ずることは許されないというべきである。けだし、法九条一項所定の建築物の除却、移転等の措置は、当該建築物の違法状態を排除、是正するに必要な限度で認められたものであつて、単に無確認という形式的、手続的違反を理由として実体的には何ら違法でない建築物をも排除することができるということは不合理であり、法の実効性を確保するために認められた確認制度の趣旨、目的に合致しないというべきだからである。
3 このように、建築主事による確認には、その確認にかかる計画に従つて建てられた建築物の適法性までをも確定するような効果はなく、単に、適法に建築工事をなしうるという効果があるに過ぎないというべきであり、工事が完了し建築物が完成した後においては、確認を得ない無確認建築物であつても当該建築物の実体が関係法令に適合している限りは、検査済証の交付を得て、これを使用することができ、特定行政庁による除却等の是正措置を命ぜられることもないし、反対に、その実体が法規に違反した建築物である以上は、確認の有無にかかわりなく是正命令の対象となることとなる。
以上説示したところに基づき建築主事による確認の取消を求める訴につき考えるに、右訴は、確認の効果である適法に建築工事をなしうるという効果を排除し、工事の施行ないし建築物の完成を阻止することによつて回復されるべき法律上の利益が存する限りにおいて実益があるということができるが、確認にかかる建築物が既に完成した場合には、仮に判決によつてその確認が取り消されたとしても、もはや禁止すべき建築工事は完了しているのであるから、特定行政庁が是正命令により除却等の措置を講ずることを期待しうるにすぎないものである。そして行政庁としても、建築物が完成している以上、単に無確認(すなわち判決により確認が取消された後の法律状態)というだけでは是正命令を発し得ないし、他方、仮に当該建築物が実体的に法規に適合しない違法建築物であるならば、確認の有無にかかわりなく是正命令を発し得るのであつて、判決による確認の取消しがなされない限り発し得ないというものでもない。
そうすると、建築物が既に完成している場合には、もはや付近住民にはその確認の取消によつて回復すべき法律上の利益はないと解するのが相当である。
4 原告は、建築主事において確認の違法であることを争つている以上、判決によつて確認が取消され、当該建築物の法規違反が宣言されない限り、事実上特定行政庁による是正命令を期待し得ないから、建築物完成後においてもなお確認の取消を求める訴の利益がある旨主張する。
しかしながら、仮に特定行政庁が是正命令を発するにあたつては、建築主事の判断が事実上尊重され、確認を受けた計画どおりに建てられた建築物については通常特定行政庁において是正命令を発せず、判決で確認が違法であることが明らかにされれば是正命令による是正措置を期待し得る可能性が出てくるとしても、それは単に事実上の問題であつて、そのような期待ないし利益をもつて確認の取消により回復すべき法律上の利益ということはできないというべきである。
なお、付言すれば、法九条一項所定の是正命令を発する権限は、その性質上特定行政庁の合理的判断に基づく裁量に委ねられているものというべく、命令を発するかどうか及びいついかなる命令を発するかはもつぱら特定行政庁の自由裁量に属すると解すべきであるから、仮に判決により確認にかかる当該建築物の計画の違法が明らかにされたとしても、そのことによつて必ずしも特定行政庁に対し是正命令を発すべき義務を生じさせるものでないことはいうまでもない。
5 ところで、本件においては、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件建物は既に完成し、使用に供されていることが明らかであるから、以上説示したとおり、原告には、もはや本件確認の取消を求める訴の利益がないといわなければならない。
二 そうすると、本件訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山下薫 佐藤久夫 三輪和雄)
物件目録
一 東京都港区高輪二丁目六二番一四
宅地 一二一・九九平方メートル
二 東京都港区高輪二丁目六二番地
家屋番号 同町一九八番
木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅
床面積 一階 二五・五〇平方メートル
二階 一二・二五平方メートル
この共有持分五分の二
別紙第一~第四図<省略>